大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)640号 判決 1979年9月19日

原告 破産者 大京建設工業株式会社

破産管財人 小沢俊夫

被告 株式会社 常磐建設

右代表者代表取締役 実方利昭

右訴訟代理人弁護士 垰野兪

主文

一  被告は原告に対し、金三二万三〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年三月一日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  大京建設工業株式会社は、根伐工事を業とする会社であり、被告は建設工事等を業とする会社である。

2  訴外大京建設は、被告から根伐工事を金三二万三〇〇〇円で請負い、昭和五三年一月頃この工事を完成した。

3  大京建設工業株式会社は、昭和五三年七月四日破産宣告を受け、原告が、破産管財人に選任された。

4  よって、原告は、被告に対し請負代金三二万三〇〇〇円及び右金員に対する支払期限後である昭和五三年三月一日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1  主位的抗弁

被告は北斗工業こと地崎健次(以下、地崎という)に対し、金三二万円を破産者大京建設工業株式会社(以下、破産者大京建設という。)のために立替えて払ったが、次の理由により、被告の原告に対する請負代金債務は消滅した。

破産者大京建設は、その下請人である地崎に対し作業工賃債務金三二万円を負担していた。被告は、破産者大京建設の元請人であるが、破産者大京建設が倒産し地崎に対する右工賃が未払となったため、大田労働基準監督署監督官森正治から昭和五三年三月一六日、建設業法四一条二項に基づき被告に対し破産者大京建設の地崎に対する右未払工賃の立替払いをするように勧告を受けた。右勧告には強制力はないが、被告には勧告に対する報告義務が課せられており、地崎からの作業工賃の請求書も添付されていた。それ故に、被告は地崎に右工賃の立替払いをしたのであるから、被告の原告に対する本件請負代金債務は右三二万円の範囲で有効な弁済がなされたものとして消滅したものと解すべきである。そのように解しないと、勧告に従った善良なる建設業者は二重払いを強いられるため、これに従わないこととなり、その結果は、この分野における労働者の生活保護という法的秩序に混乱をきたすこととなる。

2  予備的抗弁

破産者大京建設は被告に対し、昭和五三年三月二八日付内容証明郵便をもって、破産者大京建設の被告に対する本件請負代金を株式会社大城組に譲渡する旨の通知した外、同月一一日は破産者大京建設整理代理人弁護士佐藤優の三菱銀行有楽町支店の普通預金口座に振込み支払いするようにとの通知をした。被告としては、いずれの措置をとるべきか迷っていた。ところが、地崎から破産者大京建設よりの工賃が未払となっているから立替払をしてくれとの強い申出があり、この申出も一応は断ったが、前項のとおり大田労働基準監督署から地崎に対して立替払いするようにとの勧告がなされたため、被告は已むなく地崎に金三二万円を支払った。右勧告に被告が従わないときには監督官庁に報告され、官庁の指名業者としての地位を剥奪され、或は許可の取消を受けるなどの不利益な取扱を受けるおそれがある。したがって、被告は、地崎に対する破産者大京建設の作業工賃の立替払いにつき利害関係を有するから被告の第三者としての弁済は有効である。右弁済によって被告は地崎に代位し、破産者大京建設に対し金三二万円の求償債権を取得した。よって、被告は原告に対し昭和五三年一二月一九日到達の書面で、右求償債権をもって、本件請負債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

仮に、被告の立替払いが無効であるとしても、原告がこれを無効として主張することは信義則上許されない。

四  抗弁に対する認否

1  主位的抗弁の主張は争う。

2  予備的抗弁の主張は争う。被告の地崎に対する金三二万円の支払は、債務者である破産者大京建設の意思に反するものであり、また、被告は右支払をするにつき法律上の利害関係を有するものではない。したがって、右弁済は無効であり、被告が原告に対し求償権を取得する理由もないから、被告主張のように相殺も問題とならない。

第三証拠《省略》

理由

一  原告の請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の抗弁につき考える。

1  《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。

(一)  破産者大京建設は被告の下請負業者であり、地崎は破産者大京建設の下請として労務作業に従事していたが破産者大京建設の倒産によってその作業工賃金三二万円が未払となった。

(二)  大田労働基準監督署労働基準監督官森正治は、建設業法四一条に基づき被告に対し昭和五三年三月一六日付の指導票と称する書面をもって、下請負人である破産者大京建設の倒産でそのさらに下請負人である地崎の作業工賃の支払が昭和五三年一月末より滞っているので、元請負人である被告において、地崎に対する未払作業工賃の解決および今後、同種案件の発生の防止に適切な措置をとり、同月三一日までにその改善の状況を報告するようにとの指導をした。右書面には地崎の被告に対する昭和五三年三月一六日付の未払作業工賃金三二万円の請求書写が添付されていた。そこで、被告は右労働基準監督署に電話を入れて、指導の趣旨を確認のうえ、それにそって地崎に対し破産者大京建設にかわって金三二万円を支払った。

右認定に反する証拠はない。

2  主位的抗弁に対する判断

前記1の認定事実によると主位的抗弁で主張する事実は認めうるが、しかし、被告が主張するように、同人が破産者大京建設の地崎に対する工賃債務を支払ったからといって、被告の破産者大京建設に対する請負代金の弁済があったと解すべき理由はない。このことは、被告主張のように、労働基準監督署の指導に従った建設業者が、二重払いを強いられることとなれば、業者は今後、右指導に従わず、その結果、労働基準監督署の建設業法四一条に基づく指導の実効があがらないこととなるとしても、右判断が左右されるものではない。

3  予備的抗弁に対する判断

(一)  まず、破産者大京建設が被告に対し、本件請負代金を請求したり、また、株式会社大城組に債権譲渡した旨の通知などをしたことは、被告の自認するところである。

右事実と前記1認定の事実を照らし合わせると、被告の地崎に対する金三二万円の第三者としての支払いは、債務者である破産者大京建設の反対の意思を無視してなされた支払いと推認することができ(る。)《証拠判断省略》

(二)  そこで、被告が右弁済につき民法四七四条二項所定の「利害の関係」を有するか否かにつき考えるに、仮に、被告主張のように、被告が労働基準監督署の指示に従わなかった結果、官庁の指定業者としての地位を剥奪されたり、許可の取消を受けるなどの不利益な取扱を受ける危険があるとしても、これは単なる事実上の利害の関係であって、これをもって被告が破産者大京建設の債務を弁済することに法律上の利害関係を有する第三者にあたるということはできない。

(三)  なお、被告は、原告が被告の第三者としての弁済を無効と主張することは信義則に反し許されないというが、前記認定事実からこれを認める余地はなく、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠もない。

4  以上のとおり、被告の抗弁はいずれとも理由がない。

三  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言については同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山口和男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例